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カオスの帝王
概要
ブラック・スワン理論で知られるナシーム・タレブと、ヘッジファンド「ユニバーサ」を運営するマーク・スピッツナーゲルを中心に、市場の暴落から利益を得る「テールヘッジ戦略」と、複雑系理論・予防原則・存亡リスクについて論じた一冊。
主要人物
ナシーム・タレブ
- ブラック・スワン概念の普及者
- 元トレーダー、現在は思想家・哲学者
- 著書:『まぐれ』『ブラック・スワン』『反脆弱性』『身銭を切れ』
- 師匠:ブノワ・マンデルブロ(フラクタル幾何学)
- 友人:ダニエル・カーネマン、ヤニール・バーヤム
マーク・スピッツナーゲル
- ユニバーサ・インベストメンツ創業者
- シカゴのピットトレーダー出身(師匠:エバレット・クリップ)
- オーストリア学派経済学の信奉者
- 著書:『ブラックスワン回避法』『セーフ・ヘイブン』
ディディエ・ソネット
- 複雑系理論学者、経済物理学者
- 市場暴落の予測可能性を主張(タレブと対立)
- JLS(ヨハンセン・ルドワ・ソネット)モデルの開発者
ヤニール・バーヤム
- 複雑系理論の専門家、NECSI創設者
- 食料価格と社会不安の相関研究(アラブの春を予測)
核心的概念
ブラック・スワンとファットテール
ベルカーブ(正規分布)の裾部分で、標準的な予測よりも「極端な事象がはるかに大きいか頻度が高い」現象。1987年のブラックマンデーが典型例。
「ブラック・スワンの概念は危険です。自然の猛威、雷や嵐が神々の怒りの表れだった科学以前の時代に私たちを連れ戻してしまいます」―ソネット
ドローダウンの重要性
「利益よりもドローダウンのほうが重要だ」
- 1000ドルが50%下落 → 500ドル
- 元に戻すには100%の上昇が必要(50%ではない)
- 結論:大きな損失を避けることが肝心
ユニバーサの戦略:爆発的なダウンサイド・プロテクション
- 毎日、暴落時に利益を上げるプットオプションを購入
- 通常は少額の損失(「出血」と呼ぶ)
- 暴落時には損失総額をはるかに超える利益
- 例え:「自宅全焼で住宅ローンの3倍の保険金が下りる火災保険」
2008年の事例:
- S&P 500が1200前後の時、850を切れば利益が出るプットを約90セントで購入
- 暴落後、60ドル前後の価値に
- 50ドル台後半で売却クリップの教え(スピッツナーゲルの師匠)
「儲けようと思わないことだ。これは人間の本性に逆らうことだから、克服せねばならん」
- 損が出始めたらすぐに売れ
- 喜んで負けろ。そして次に行け
- 「馬鹿と思われる行動を取って馬鹿を見た気持ちになれ」
- 価格の予測なんか誰にも立てられない
複雑系理論とシステミック・リスク
複雑系の本質
「炭素原子の中に愛は存在しない、水の分子の中にハリケーンは存在しない、ドル札一枚の中に金融崩壊は存在しない」―ピーター・ドッズ
- 還元主義の逆:コロニー全体、チーム全体を研究する必要
- 相転移(水→水蒸気、市場の低迷→暴落)の物理学
グローバル化と脆弱性
- つながりが緊密になった世界秩序が混乱の背後にある
- 複雑さが複雑さを生み、スピードがスピードを生む
- 台湾の工場の洪水被害 → サウスダコタの自動車ディーラーに影響
- ジャスト・イン・タイム方式:効率的だがサプライチェーンが脆弱
社会不安との関連
バーヤムの研究:
- FAO食料価格指数が210を超えると暴動リスクが急激に上昇
- 2010年末に中東の大混乱を予測 → アラブの春が発生
予防原則と存亡リスク
破産ゲームの原則
「破産の原則に従えば、一巻の終わりとなるごくわずかな確率を『一回限りの』リスクとして負い、生き延びて、それを繰り返せば、いずれは命を失う」
- ロシアンルーレットの例え
- 予防原則:地球規模の取り返しのつかないリスクは取らない
タレブの解決策
「システミック・リスクのあるカジノでは遊ばない」
- 操縦士の腕が疑わしいなら飛行機に乗るな
- パニックは早い段階で起こせ
- レバレッジを使わず、大きな暴落から身を守れ
GMO(遺伝子組み換え作物)への懸念
- 選抜育種(時間をかけ地域限定)とは根本的に異なる
- 「魚の遺伝子をトマトに導入する」ような操作
- 地球レベルで破壊的な影響を及ぼす可能性
- 存亡リスクがゼロに等しいことを証明する責任はGMO推進派にある
現代ポートフォリオ理論(MPT)への批判
MPTの前提
「一つの籠にすべての卵を入れてはいけない」
- ハリー・マーコウィッツが1950年代に創始
- 分散投資でリスク軽減
スピッツナーゲルの批判
「アセットアロケーション業界そのものが空疎な作り話だ」
- 過去のデータは極端な事象の予測因子にならない
- VaR(バリュー・アット・リスク)の限界
- 本当に重要なのは極端な事象(日常の小さな上下動では資産は吹き飛ばない)
バリュー投資との類似性
「私は人から価値がないと思われ、ほとんどの場合は実際に価値がないものを買っています」―スピッツナーゲル
- ウォーレン・バフェット、ベンジャミン・グレアムの流れ
- 「買値が十分に魅力的であれば、売値がぱっとしなくても良い成果が出せます」
デリバティブの問題
「デリバティブにはボラティリティを増幅する性質もあった」
- 基本資産からリスクが分岐し、導火線になる
- 理論上は無限に成長可能(株式や債券と異なり)
- 企業が発行できる債券の数は限られているが、デリバティブ契約は無限に売れる
メモ: なぜ無限に拡張できるのか? → デリバティブは実物資産に紐づかない契約であるため
長期思考とロングターミズム
ブライアン・イーノの問題提起
「昔のオリーブ農家や教会建築者には私たちにないものがありました。未来が現在とほとんど同じだろうという感覚です」
- 現代人は近視眼的(四半期収益、次の選挙、明日の天気)
- 昔は数百年後のために樫を植林した
ロングターミズムへの批判
効果的利他主義から派生した思想の問題点:
「今生きている何百万人もの人々を救うよりも、存亡リスクの回避がごくわずかでも進むほうが価値があるとみなされる」
- 短期の問題(貧困、気候変動)が矮小化される
- 「裕福な国の1人の命を救うほうが貧困国の1人の命を救うより重要」という結論
気候変動とリスク管理
ボブ・リッターマン(ブラック=リッターマンモデルの開発者)
「リスク管理の第一の原則は、最悪のケースのシナリオを想定しなければならないことです」
- 気候リスクの価格設定がされていない
- 化石燃料企業への税制優遇が大気汚染を助長
- 太陽ジオエンジニアリングの可能性(二酸化硫黄の大気散布)
再生可能エネルギーの展望
- ライトの法則:生産量2倍でコスト10-15%低下
- 2050年までにエネルギー生産コストが大幅低下の予測
- ただし必要な土地面積は膨大(風力:イリノイ+インディアナ+オハイオ+ケンタッキー+テネシー)
印象的な引用・エピソード
オプション取引の本質
「こんな価値のないオプションを買うカモ、おめでたいバカはどこのどいつだろう」と売り手は思った。「市場が来月20%下落するなんてあるわけがないのに」
マンデルブロとの出会い
タレブ「なぜ金融という世俗的な世界にわざわざ関心を持つのですか?」 マンデルブロ「データですよ。データの宝庫だからです」
タレブの人物像
「ナシーム・タレブは野卑で大言壮語する饒舌家だ。そんな彼が私は大好きだ」―ノア・スミス
「もし彼が礼儀正しい人間だったら、あれほど注目されていなかったでしょう」―アーロン・ブラウン
フラッシュ・クラッシュ(2010年5月6日)
- ユニバーサがプットオプション5万枚を750万ドルで購入
- S&P 500が800に下落すれば10億ドルの価値
- 午後の取引だけで10億ドルの利益
- 「まばたき一つすれば見逃していました」
関連書籍・概念
タレブの著作
- 『まぐれ』(Fooled by Randomness)
- 『ブラック・スワン』
- 『反脆弱性』
- 『ブラック・スワンの箴言』
- 『身銭を切れ』(Skin in the Game)
- 『ダイナミック・ヘッジング』
スピッツナーゲルの著作
- 『ブラックスワン回避法』
- 『セーフ・ヘイブン』
その他の参考文献
- マンデルブロ『禁断の市場』(推定)
- ソネット『入門 経済物理学』
- カーネマン『ファスト&スロー』(推定)
- テインター『文明崩壊の人類史』(推定)
- マトゥラーナ&バレーラ『知恵の樹』
個人的メモ
投資への示唆
- 大きなドローダウンを避けることが最優先
- 予測に頼らない戦略を構築する
- 「間違えたときの損失を小さく、当てたときの利益を大きく」
- MPTの限界を認識する
- テールリスクへの備えとしてのプットオプション
思考のフレームワーク
- 予防原則:取り返しのつかないリスクは避ける
- 複雑系の視点:部分ではなく全体を見る
- 長期思考:ただしロングターミズムの罠に注意
- アンカリング:認知バイアスへの意識
疑問・今後調べたいこと
- デリバティブが「無限に拡張できる」メカニズムの詳細
- ソネットのJLSモデルの具体的な仕組み
- オーストリア学派経済学の基本
- フラクタル幾何学と金融の関係